東京地方裁判所 平成4年(ワ)20861号 判決 1993年4月28日
主文
一、被告日本ランクル株式会社と被告中央スバル自動車株式会社との間の別紙物件目録記載の各建物に関する別紙賃貸借目録記載の賃貸借契約は、これを解除する。
二、訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実及び理由
第一、原告の請求
主文と同旨
第二、事案の概要
一、本件は、抵当権者である原告が、民法三九五条ただし書により、抵当権の登記後に抵当建物について締結された短期賃貸借契約の解除を請求する事件である。
二、争いのない事実など
1. 原告は、被告日本ランクル株式会社(以下「被告日本ランクル」という。)に対し、平成二年九月一四日、一四億円を次の約定で貸し付けた(甲一)。
弁済期 平成四年九月三〇日
利息 年九・五パーセント(ただし、金融情勢の変化その他相当の事由がある場合には、一般に行われる程度のものに変更する。)
利息の支払期 借入日並びに毎年三月、六月、九月及び一二月の各末日に、その翌日から次の利息支払日又は最終弁済期までの利息を前払する。
期限後の損害金 年二〇パーセント
2. 被告日本ランクルは、原告に対し、平成二年九月一四日、右の貸金債務を担保するために、別紙物件目録記載の各建物(以下「本件各建物」という。)及びその敷地に、極度額を一四億円とする共同根抵当権を設定し(以下「本件根抵当権」という。)、同日、その登記を経た。本件根抵当権の極度額は、平成三年九月五日に一七億円に変更され、同月六日にその登記を経た。(甲二~六)
3. 被告日本ランクルは、被告中央スバル自動車株式会社(以下「被告中央スバル」という。)に対し、平成三年一月二八日、本件各建物を別紙賃貸借目録記載の内容で賃貸し(甲七。以下「本件賃貸借契約」という。)、同年三月一日ころ、これを引き渡した。
4. 原告は、被告日本ランクルに対し、平成四年二月二〇日に到達した書面で、右1の貸金債務につき、平成三年一二月三一日までに支払われるべき利息の未払分合計六〇二九万二七一二円を三日以内に支払うよう請求し、被告日本ランクルは、平成四年二月二三日の経過により、期限の利益を失った(甲一、八の1、2)。
5. 原告は、本件各建物を含む本件根抵当権の共同抵当物件について、東京地方裁判所に担保権の実行としての競売の申立てをし(平成四年ケ第五六一号)、平成四年三月六日、不動産競売開始決定がされて、差押えの登記がされた(甲二~六、九。以下、この担保権の実行としての競売の手続を「本件担保権実行手続」という。)。
6. 本件担保権実行手続における評価人の評価によれば、本件根抵当権の共同抵当物件の評価額は、本件賃貸借契約が存在しないとしても八億八九八二万円であり、本件賃貸借契約が存在するために、本件各建物の価格の一〇パーセント及び本件賃貸借契約の保証金五億円を控除して、三億二四二三万円となっている(甲一〇)。いずれも、原告の被担保債権額(貸金の元金だけで一四億円)を下回る。
7. 本件賃貸借契約の期間は、平成五年二月末日までであり、本件の審理中にその期間が満了した。
第三、判断
一、本件賃貸借契約は、民法六〇二条三号に定める期間を超えない短期賃貸借であるから、その契約期間の満了する平成五年二月末日までは抵当権者である原告に対抗し得るものであった(民法三九五条本文)が、既にその日を経過した現在においては、原告に対抗し得ないものとなっている。
もっとも、本件賃貸借契約は、賃貸人である被告日本ランクルと賃借人である被告中央スバルとの間では、契約書(甲七)三条二項の定めにより、更新されて平成六年二月末日まで存続することになったものと認められ(弁論の全趣旨)、当初の二年と更新後の一年を併せた三年は、民法六〇二条三号に定める期間と一致する。しかし、この更新の時期は、本件担保権実行手続における差押えの効力が生じた後であるから、たとえ民法六〇二条三号に定める期間を超えなくても、賃貸借契約の更新をもって抵当権者に対抗することはできないものと解すべきである。
二、このようにもはや抵当権者に対抗し得ない賃貸借について、民法三九五条ただし書が適用されるのかという問題がある。
本件担保権実行手続においては、現時点では、本件賃貸借契約が解除されなくても、これが抵当権者(ひいては買受人)に対抗し得ないものとして最低売却価額の決定等の手続がされなければならないから、その意味では、もはや賃貸借契約解除の判決をする実益がない。
しかし、差押えの効力が生じた後に期間が満了した短期賃借権者に対し、買受人の申立てにより不動産の引渡命令(民事執行法一八八条・八三条)を発することができるか否かについて、民事執行の実務は、原則としてこれを否定する消極説を採ることが多く、しかも、民法三九五条ただし書による賃貸借契約解除の確定判決があるときには、右の短期賃借権者に対しても引渡命令を発し得るとする見解を採ることがある。この見解が採られる場合には、賃貸借契約解除の判決がされていれば、買受人は、賃借人に対して改めて明渡しを求める訴えを提起することなく、引渡命令の手続によって目的を遂げることができるから、その判決がない場合に比べて、担保権実行手続における買受けの申出の額が上昇することを期待し得ることになる。
したがって、民事執行の実務が右のとおりであることを前提とすれば、本件の賃貸借契約解除の請求は、賃貸借の期間が満了した現在でも、訴えの利益を認めるべきものと解される(もっとも、民法三九五条ただし書は、本来、抵当権者に対抗し得る賃貸借を対象とするものであるから、厳密には、この規定の類推適用ということになろう。)。
そして、抵当権者である原告に対しては対抗し得ない賃貸借であっても、賃貸人である被告日本ランクルと賃借人である被告中央スバルとの間では有効に存続しているから、なお賃貸借契約を解除する旨の判決主文とすることが適切であると考えられる。
三、本件担保権実行手続においては、本件根抵当権の共同抵当物件の評価額が、本件賃貸借契約が存在しないとしても原告の被担保債権の額を大幅に下回るのであるから、本件賃貸借の存在が抵当権者である原告に損害を及ぼすことは明らかである。
四、本件訴訟において、被告らは、原告の被告日本ランクルに対する貸付が実質的には訴外株式会社東洋信託銀行(以下「訴外銀行」という。)が系列のノンバンクである原告を利用して迂回融資をしたものであること、被告日本ランクルは、市街地の再開発計画である「トピカ上野毛プロジェクト」の事業資金に充てるためにこの融資を受けたものであり、本件各建物の敷地とその周囲の土地を買収し、その上にビルを新築して、土地と建物を被告中央スバル又はその親会社である訴外富士重工業株式会社に売却する計画であったこと、被告中央スバル及び富士重工業株式会社は、これを自動車販売の営業拠点とする計画であったこと、被告日本ランクルと被告中央スバルは、その第一段階として本件賃貸借契約を締結したものであること、本件賃貸借契約は、その保証金と賃料によって被告日本ランクルの利払いを可能ならしめるために、むしろ訴外銀行が被告日本ランクルに求めたものであり、原告もこの事情をすべて承知していたこと、五億円という高額の保証金の差入れも訴外銀行の求めによるものであること、すなわち、原告は、本件賃貸借契約の存在を前提として本件根抵当権の共同抵当物件の担保価値を把握していたのであるから、本件賃貸借が抵当権者である原告に損害を及ぼすとはいえず、このような場合、民法三九五条ただし書による賃貸借契約の解除請求は理由がないことなどを主張した。
これに対し、原告は、被告らの主張に逐一反論した。
被告らの主張は、本件訴訟において重要な論点たるべきものであったが、前記のように、賃貸借期間の満了によって本件賃貸借契約が原告に対抗し得ないものとなった現時点においては、これについて判断するまでもなく、前記の理由によって原告の請求は認容されることになる。
五、以上の理由で、主文のとおり判決する。
物件目録
(一) 所在 東京都世田谷区上野毛弐丁目七参番地壱
家屋番号 七参番壱
種類 店舗・倉庫
構造 鉄骨造陸屋根四階建
床面積
壱階 八四・五四平方メートル
弐階 八四・五四平方メートル
参階 八四・五四平方メートル
四階 八四・五四平方メートル
(二) (壱棟の建物の表示)
所在 東京都世田谷区上野毛弐丁目七四番地壱
構造 鉄骨造陸屋根参階建
床面積
壱階 壱参六・六六平方メートル
弐階 壱四八・参八平方メートル
参階 壱五五・壱参平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 上野毛弐丁目七四番壱の壱
種類 店舗
構造 鉄骨造弐階建
床面積
壱階部分 壱弐〇・六七平方メートル
弐階部分 壱参〇・弐九平方メートル
(三) (壱棟の建物の表示)
所在 世田谷区上野毛弐丁目七四番地壱
構造 鉄骨造陸屋根参階建
床面積
壱階 壱参六・六六平方メートル
弐階 壱四八・参八平方メートル
参階 壱五五・壱参平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 上野毛弐丁目七四番壱の弐
種類 居宅
構造 鉄骨造壱階建
床面積
参階部分 壱参九・八七平方メートル
賃貸借目録
一 契約締結日 平成三年一月二八日
二 賃貸借期間 平成三年三月一日から
平成五年二月末日まで
三 賃料 月額一二〇万円
四 支払期 毎月末日翌月分を前払い
五 使用目的 自動車の販売・整備
六 保証金 五億円